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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3823号 判決 1994年4月18日

主文

一  被告は、原告に対し、金三一八万九三〇四円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六三七万八六〇八円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告の営業担当者の執拗な勧誘により、外貨建てワラント債のリスクについて何らの説明も受けずに、買付けさせられたため、買付け代金相当額の損害を受けたとして、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償を求める事件である。

一  争いのない事実

1  被告は、有価証券の売買及びその媒介、取次、代理等を目的とする会社である。

2  原告は、昭和五〇年代から、妻の阪井章江(以下「章江」という。)に一切を任せて、被告(吉祥寺支店)との間で、国債の購入等の取引を行つていた。

3  平成二年五月一七日及び同月二三日、被告吉祥寺支店の営業担当者馬場和也(以下「馬場」という。)が、電話で、章江に対し、左記のワラント(以下、(一)を「本件ワラント(一)」、(二)を「本件ワラント(二)」、これらを合わせて「本件ワラント」という。)の買付けを勧誘した結果、原告は、章江を通して、被告に対し、それぞれの日に、これらの買付けを委託し、その代金を支払つた。

(一) 平成二年五月一七日分

銘 柄 Aアサヒガラス3WR9303

数 量 一二万五〇〇〇ドル

単 価 一六・五〇〇ポイント

換算レート 一ドル一五三・三〇円

行使期間 平成五年三月一五日まで

購入代金 三一六万一八一二円

(二) 平成二年五月二三日分

銘 柄 Aアサヒガラス3WR9303

数 量 一二万五〇〇〇ドル

単 価 一六・八七五ポイント

換算レート 一ドル一五二・五〇円

行使期間 平成五年三月一五日まで

購入代金 三二一万六七九六円

二  争点

1  馬場の勧誘行為の違法性(債務不履行又は不法行為の成否)

原告は、馬場は素人である章江にワラントの仕組みやリスクについて全く説明せず、説明書の交付もしなかつた上、章江がはつきり買付けを断つたのに執拗に「絶対もうかる」と数度も電話で繰り返し申し向けたため、ワラントがリスクの大きい商品であることを知らないまま、章江が根負けして買付けを承諾したものであり、馬場の右行為は債務不履行又は不法行為に当たると主張する。

これに対し、被告は、馬場は豊富な証券取引の経験を有する章江にワラントは株価が下落するときにはその数倍の下落をする性質を有していると説明して章江の理解を得たし、ワラントに関する説明書も交付したものであり、章江が値下がりの危険についても十分承知の上で、自由意思により買付けを決定したのであるから、馬場の行為は債務不履行及び不法行為に当たらないと主張する。

2  原告(章江)の過失の有無・程度(過失相殺)

被告は、章江は豊富な証券取引の経験を有しており、馬場の説明や説明書によりワラントのリスクについて十分理解できたはずであると主張する。

第三  争点に対する判断

一  本件の事実経過

《証拠略》を総合して認定した事実と、前記争いのない事実によれば、本件の事実経過は、次のとおりである。

1  原告は、昭和五二年ころから、章江に一切を任せて、被告(吉祥寺支店)との間で、国債、株式、転換社債等の売買等を委託する取引を行つており、昭和六一年以降は、信用取引も手がけるようになつていたが、ワラントの取引はしたことがなかつたし、その知識もなかつた。

2  原告の被告との取引は、昭和六一年以降平成元年までは、売り買い合わせて年間数十回から一〇〇回以上にも上つたが、同年一二月一四日に東芝株を買い付けて以来、株式相場が全般に下降しており、原告の取引分についても評価損が出ていたため、馬場が電話で取引の勧誘をしても、章江は全くそれに応じない状態が五箇月以上続いていた。

3  ところが、平成二年五月になつて相場が久々に上昇を始めたので、馬場は、それまでの原告の損を取り戻すには、リバウンドに際して大きな値上がりが期待できる本件ワラント(一)を勧めるのが適当と考えて、同月一七日、電話で、章江に対し、旭硝子の株価が上がつており、株式よりも上がるワラントという良い商品がある、株式が一上がるのに対し、ワラントは三上がるなどと告げて、本件ワラント(一)の買い付けを勧誘した。これに対し、章江がよく分からないと答えたので、馬場は、さらに、ワラントは値動きが粗く、上がる時は上がると説明した。しかし、章江は、手持ち資金がないといつたんは断つた。

その約一〇分後、馬場は、再び章江に電話して、原告保有の投資信託フィデリティ・グローバル・Fを売却してワラント買付けの資金にすることを勧めたところ、その評価損が二、三〇万出ていることを知つた章江が、損をしてまで売るつもりはないと答えた。これに対して、馬場は、その損を埋めてなお益を出せると更に勧めたが、章江は、このときも本件ワラント(一)の買い付けを断つた。

しかるに、馬場は、その後も一〇ないし一五分おきに、電話をかけ直して同様の勧誘を続けたため、四回目の電話で、ついに章江が、そこまで言うのならと、右投資信託を売却して、その代金で本件ワラント(一)を買い付けることを委託した。

4  その六日後の同年五月二三日、馬場は、章江に電話して、買つてもらつたものが上がつてきている、もう一つ買つてはどうかと再三勧めたところ、章江は、前回同様にフィデリティ・グローバル・F及び投資信託第二オープン(新)を売却して、その代金で本件ワラント(二)を買い付けることを委託した。これらの二回にわたる取引で、原告の投資信託の売却損が三二万六〇九二円生じた。

5  同年五月下旬ころ、被告の集金担当の受渡要員が章江を訪ね、ワラントのリスクについて説明のある「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(以下「取引説明書」という。)を交付したが、章江は、特に危険な商品を買い付けたとの認識がなかつたため、特別の注意を払わず、よく読まないまま、紛失した。また、本件ワラントの取引の結果は、月次報告により改めて章江に知らされたが、やはり、章江は、特に危険な商品を買い付けたとの認識は持たなかつた。

6  馬場は、章江に対し、同年五月末ころ、一回だけ、本件ワラントが約三〇万円の益を出しているとして、その売却を勧めたが、章江は、買付け時の損を取り戻すには足りないと、これを断つた。その後は、馬場は、本件ワラントの売却を勧めていない。

7  平成三年七月ころ原告の担当が馬場から柴田某に交代した際には、既に、本件ワラントの評価損は約六〇〇万円に及んでおり、馬場は、章江の質問に対して、その旨を告げて謝罪したが、その後の対処方法等についての特段の説明をしなかつた。

二  被告の不法行為責任(使用者責任)

1  ワラントは、株式に比較して価格の変動が激しく、短期間で大きな利益を得ることもある反面、値下がりにより大きな損失を被ることもある上、権利行使期間内に売却するか更に出捐して新株引受権を行使するかしないと、無価値になるというものであり、外貨建ワラントにあつては、さらに為替レートの変動によつても損失を生ずることがあるという、リスクの大きな商品である。したがつて、証券会社の営業担当者が外貨建ワラントの取引を顧客に勧めるに当たつては、そのリスクの大きさを十分に説明して、顧客にそのことを十分理解させた上で取引を行うべき義務があるというべきである。

ところが、前記認定の事実によれば、馬場は、ワラント取引について全く経験も知識もない章江に対して、電話で、株式に比較してワラントの有利な点をことさらに強調して、執拗に勧誘し、章江に十分な理解のないままに本件ワラント(一)を買付けさせたものであり、また、その六日後に、同様に本件ワラント(二)を買付けさせたというのであつて、本件ワラントのリスクの大きさを十分認識していたなら章江は買付けを委託しなかつたものと推認されるから、馬場の右行為は原告に対する不法行為に当たり、馬場の使用者である被告は、民法七一五条一項、七〇九条により、原告に対して右買付けによつて生じた原告の損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

2  この点に関し、証人馬場は、章江は証券取引について十分な知識、経験を有するので、ワラント取引についても適性がある旨証言する。確かに、章江は、信用取引を含めて相当の証券取引の経験を有するというべきであるが、株式や転換社債等の取引について相当の経験を有していても、ワラントはそれらとは比較にならないリスクを有するのであるから、馬場としては、章江に対して、ワラントと株式との違いを十分に理解させるように説明しなければならない義務があつたというべきである。

また、被告は、馬場がワラントのリスクについても十分説明をしたと主張するが、《証拠略》によれば、馬場は、値動きが粗いとは説明したものの、大きく値下がりする危険があることについては、「言つていると思いますが、はつきりとは覚えていません。」と述べるなど、肝心な点は曖昧であり、証人阪井の証言に照らして、馬場がワラントのリスクについて十分な説明をしたとはいえず、むしろ、利益の大きいことのみを強調したと認められる。

3  なお、ワラントのリスクについて説明がある取引説明書が章江に交付されたことは、前認定のとおりである(これに反する証人阪井の証言は、《証拠略》に照らして、にわかに信用し得ず、結局、章江が重要な書類と認識しないで読まずに紛失したものと認めるのが相当である。)。

しかし、ワラントの特殊性にかんがみれば、このような取引説明書は、初めての取引の勧誘に際して営業担当者が予め顧客に交付して取引開始前に熟読することを求めるべきものである。しかるに、本件においては、取引成立後に、しかも集金の担当者が事務的に交付したにとどまるのであり、その交付の時期、方法において相当性を欠いている。章江が読まずに紛失してしまつたのも、このような顧客の注意を引かない交付時期、方法の不相当さにも一因があるというべきであり、これらを交付したことにより被告が不法行為責任を免れるとはいえない。

また、馬場が平成二年五月末ころに利益の出ていた時点で本件ワラントの売却を勧めた点についても、買付けに際して生じた投資信託の売却損を補うには達していなかつたことからすると、被告が責任を免れる事情とはいえない。

4  損害

原告は、馬場の不法行為により、本件ワラントの買付け代金合計六三七万八六〇八円を支出したので、これと同額の損害を被つたというべきである(なお、買い付けた本件ワラントは、平成三年七月ころに既に約六〇〇万円の評価損を生じ、その後、権利行使期間が経過することにより、無価値になつたと認められる。)。

三  過失相殺

前記認定の事実によれば、章江は、馬場から、ワラントが値動きが粗い商品であり、株式が一上がるのに対し、ワラントは三上がるとの説明を受けたというのであるから、前記認定のような株式売買等の経験からして、ワラントは値下がりすることも当然あり、その場合には、株式以上に大幅な値下がりをするものであることは、容易に推察し得たものと認められる。にもかかわらず、そのような点について章江が馬場に問いただした形跡はない。また、章江は、本件ワラントの買付けののちではあるが、ほどなく取引説明書を受け取つたのであり、これらを一読しさえすれば、極めて容易にワラントのリスクの大きさを知り、本件ワラントが値上がりしていた平成二年五月末ころにこれらを売却して、損害を回復することができたものと認められる。なお、ワラントのリスクについて馬場から説明を受けなかつたとしても、それまでの取引では買つたことのない商品を買つたのであるから、その説明書を読む注意深さが求められるというべきである。しかるに、章江は、これらを読むことを怠つたものである。

これらの点にかんがみると、章江にも過失があり、しかもこれらの点について注意を払うことは容易であつたと認められるから、その過失は重大で、前記認定の諸事情と総合考慮すれば、原告の損害から五割を過失相殺するのが適当である。

そうすると、被告が賠償すべき原告の損害額は、金三一八万九三〇四円になる。

(裁判官 大橋寛明)

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